AIを”使う側”に立ち続けるために——高専講義で伝えたこと


2026年2月4日・10日の2日間、旭川工業高等専門学校3年生の「数理・データサイエンス」の授業で、実務家教員として私、入澤が講義を担当しました。昨年度に続き、2回目の担当になります。

今回の講義では「実務家から見た、AIを使う上で重要なこと」をテーマに、
特に「課題を明確にすること」と「技術を理解すること」の2つの軸から、
企業でAIやデータサイエンスを使って課題解決を行う際に何が重要になるのかをお話ししました。

講義ではグループワークも取り入れ、学生の皆さんと生成AIの使い方について議論する時間も設けました。私自身も参考になる使い方を知ることができ、とても刺激的な時間でした。
先生方、そして学生の皆さん、ありがとうございました。

では、今回の講義内容を中心に、少し噛み砕いてご紹介します。

言わずもがな、生成AI時代

IT業界に限らず、現在は生成AIが急速に社会へ浸透しています。
さまざまな分野の著名人がこの大きな変化について語っていますが、これから先、AIが存在しない場所のほうが少ない社会になっていくことは、ほぼ避けられないでしょう。
(もう聞きすぎて、うんざりしている方もいるかもしれませんが、まだまだ導入段階だったり、受け入れられていない実態もあるように感じます)

あらゆる場所にAIが組み込まれ、至るところでデータを収集・理解し、状況を分析して人に提案を行い、ときには対話を通じて意思決定を支援する。そんな世界も、決して遠い話ではありません。

AIコンサルタント兼エンジニアとして、朝起きるたびに新しい技術や研究成果が登場し、AI前提の世界へと一歩ずつ進んでいることを日々実感しています。特に、GPT・Gemini・Claudeなどの最新モデルは、専門分野では博士レベルの問題を解く能力を示すこともあると言われています。

これほど強力な能力を目の当たりにすると、つい技術そのものに目を奪われがちです。けれど、本質はやはり「どう使うか」にあると私は思っています。”A fool with a tool is still a fool.”——どんな優れた道具も、使い方を知らなければ意味がないのです。

AIは強力だが、ゴミを入れればゴミが出る——そして、それに気づけるか

生成AIが優秀であることは間違いありません。しかし、だからといって、何でもAIに任せればよいという話にはなりません。

生成AIは言語モデルをベースとしており、入力されたテキストをもとに確率的に文章を生成する仕組みです。つまり、曖昧な指示を出せば、曖昧な答えが返ってきます。さらに、AIは人間にとって自然で好ましい文章を生成するよう学習されているため(RLHF:Reinforcement Learning from Human Feedback)、もっともらしく間違えること自体が、ある種の”仕様”とも言えます——まさに人間と同じように。

ここで、コンピュータサイエンス分野でよく知られる用語として、Garbage In, Garbage Out(GIGO)というのがあります。ただ、このGIGOですが、2つの側面があると私は感じています。

ひとつは入力の質の問題。言葉どおり、入力がゴミなら出力もゴミになる——どれだけ高性能なAIを用意しても、そこは現状のモデルの仕様的には変わりません。
もうひとつは、自分がゴミを入れていることに、そもそも気づけるかという問題です。

課題設定が的外れであっても、「あなたのアイデア、正直、素晴らしいです」と平然と返してくるAIもあります。つまり、間違った方向に進んでいても、我々人間に気づかせてくれないのです。

そんな悪魔のささやきを、鵜呑みにするか、それとも立ち止まれるかどうか——その一瞬の判断の積み重ねが、AIに使われる人と、AIを使う人の差になっていくのではないかと感じています。

重要なのは、「何を課題とするか」と「AIの出した結果がその課題に本当に応えているか」を、人間が行き来しながら考え続けることだと思います。そして、その判断の土台となるのが、AIという技術そのものへの理解です。特性や限界を知らなければ、どこを疑い、どこを信じるかの基準すら持てません。

試行錯誤の数が、判断力をつくる

では、そうした課題を見極める力や結果を評価する力は、どうすれば身につくのでしょうか。一朝一夕で身につくものでも、どこかに定義されているものでもありません。自分の手で試し、考え続ける中で少しずつ掴んでいくしかないと、私は思います。

AIツールの文脈でいえば、どこも試験的に出している段階ですし、社会の反応を見ながら改善を続けています。完璧なツールは現状ありません。だからこそ、さまざまなAIツールやAIの使い方を自分で試してみる。その試行錯誤の中で、自分の業務でどこに使えるか・使えないかという感覚が体に染み込んでいきます。頭で理解するだけでなく、試行錯誤の回数こそが重要だと思っています。(個人的には今、Claude Codeが熱い!)

最後に——AIを”使う側”に立ち続けるために

生成AIの時代に価値があるのは、知識や技術よりも「状況を理解し、課題を設定し、結果を判断する力」だと私は思っています。人も、AIも、組織をも動かせる——そういう人間が、これからの時代をつくっていくのではないでしょうか。

さまざまなAIツールに触れる中で、自分への戒めとして意識していることがあります。それは、「AIに生殺与奪の権を握らせない」という姿勢と、「自分は何をしたいのか」という自己理解の重要さです。操られているのか、操っているのか——その意識の差は、思っている以上に大きい。

 

最終的な意思決定は人間が持ち続けながら、AIを道具として使いこなす。——今回、学生の皆さんと話す中で、その思いをあらためて強くしました。